厚生局による処分事例の解説~東海北陸厚生局(診療所)のケース

 

1. はじめに:珍しい保険医療機関の指定の取消し処分

令和6年7月18日付けで東海東北厚生局から、診療所について保険医療機関の指定の取消しの処分がなされた旨が公表されました。

診療所に対して保険医療機関の指定の取消し処分がなされる例は極めて少ないです。

今回はどのような点が問題となったのか詳しくみていきましょう。

 

2. 処分の概要

① 管轄の厚生局:東海北陸厚生局
② 処分内容:保険医療機関の指定の取消し
③ 処分理由:診療報酬の不正請求(付増請求)など
④ 不正請求額:約48万円

不正請求額が48万円と極めて多額とまではいえない点が特徴です。むしろ、個別指導における自主返還の方がもっと多額になるケースが多いです。

例えば、外来管理加算や特定疾患療養管理料などの返還を求められた場合、返還額が数百万円になることもあります(直接対応したケースではありませんが、返還額が一千万円超になったという事例も聞いたことがあります。)

実は、保険医療機関に対する指定の取消し処分では、不正請求額があまり多くないケースが散見されます。

不正請求額の多寡よりも、事案の悪質性等が重視されているのではないかと考えています。

厚生局の発表及び金沢地方裁判所平成30年4月10日判決によれば、時系列は以下のとおりです。

平成8年12月診療所開設(個人開設)
平成12年7月個別指導→「経過観察」との評価
平成18年1月個別指導→「経過観察」との評価
平成18年2月個人開設の診療所を廃止→医療法人化
平成23年2月医療機関側が個別指導に応じられないと回答→個別指導が行われず
平成23年3月個別指導→「再指導」との評価
平成24年9月医療機関側が抗議し、個別指導は実施されず
平成25年2月個別指導→「経過観察」との評価
平成25年3月石川県から厚生局に対して情報提供
平成26年7月個別指導の実施通知を送付
平成26年8月医療機関側が個別指導を欠席
平成26年9月医療機関側が個別指導の実施通知が違法であるとする行政訴訟を提起
平成30年4月金沢地裁において医療機関側の請求を斥ける判決
令和元年7月医療機関側敗訴の判決が確定
令和2年2月個別指導→指導中断
令和2年10月患者調査→個別指導を中止し監査を実施

厚生局が発表している事実と医療機関側が平成26年に提起した行政訴訟の判決文の事情を総合すると、当該医療機関と厚生局との間にそれなりの確執があったことがわかります。

 

3. 厚生局との対決姿勢が問題だったのか?

時系列だけを見ると、厚生局が当該医療機関に対して執拗に個別指導を行っているというようにも見えます。

私の経験上、個別指導の結果「経過観察」と評価された事案で、再度個別指導を受けたというケースはありません。

もちろん、文字通り「経過を観察する」という意味ですから、経過観察の結果、再度の個別指導の必要性が生じるという場合もあるでしょう。

しかし、5回もの個別指導の実施は異例というべきです。

厚生局としても個別指導の必要性を説明し、もう少しスムースな指導体制を組めなかったのかについては、疑問の余地があります。

もっとも、本件では、医療機関側の申し入れ(抗議)を受けて、指摘事項を訂正するなど、厚生局側もある程度柔軟な対応をしています。

私が取り扱った事案でも、自主返還の金額や指摘事項に関する疑義照会について、厚生局側は丁寧に対応している印象があります。

法令を含めた「理屈」で、厚生局と話をすることが重要だと考えています。

したがって、厚生局との対決姿勢のみが、複数回の個別指導実施や今回の処分を招いたと考えるのは早計だと思います。

 

4. 何が今回の処分を招いたのか?

今回、保険医療機関の指定の取消しという重い処分になった理由は、「実際に診療していないにも拘わらず、故意に診療報酬を請求した」という点にあると考えています(もちろん、厚生局が認定した事実が「真実である」ということが前提ですが。)。

これまでの処分例においても、こういったいわゆる架空請求については、厳しい処分が課されています。

故意による架空請求は社会保険制度そのものの信頼を揺るがす行為であり、その点から厚生局は厳しい姿勢で臨んでいるのだと思います(場合によっては、詐欺罪等の刑事罰が科される可能性もあるでしょう。)。

 

5. まとめ:過度に委縮する必要はない

故意ではなく、医療機関側の過誤によるものについては、厚生局も保険医療機関の指定の取消しといった、いわば「死刑宣告」を行うようなことはしていません。

個別指導における自主返還額の方が、今回の「不正請求額」よりもはるかに高額というケースも多いです。

以上の点からすると、「不正請求額」の多寡によってのみ処分が決まるわけではないということがよくわかります。

もちろん、多額の自主返還も医療機関の経営に大きな影響を与えますから、決して軽視できるリスクではありません。

しかし、「個別指導で十分な対応ができなければ、保険医療機関の指定の取消しもありうる」と思い込んで過度に委縮する必要はないと考えています。

文責:弁護士 川﨑翔