私が弁護士として個別指導の対応をしようと考えたのは、父が開院し、新規個別指導(以下単に「新規指導」といいます)を受けた際、カルテの記載を十分に説明できず、厚生局側から「それは泥棒と同じ」と発言されたというエピソードがきっかけになっています。地域医療を支える現場が、行政の考え方だけで「泥棒」呼ばわりされるのは明らかに間違っています。
最近はこのような横暴な発言は極めて減った(少なくとも私が帯同した個別指導では暴言の類を聞いたことはありません。)と思います。しかし、それでも、新規指導・個別指導が、医療機関の経営に与える影響は極めて大きいと感じています。
ご案内のとおり、個別指導では30名の患者が指定され(新規指導の場合は10名)、初診時からのカルテを持参する必要があります。30名のうち10名は個別指導の前日に指定されるため、準備するだけでもかなりの負担になります。
個別指導当日は「どんな点を指摘されるのだろうか」「回答状況によっては、指導中止とされて監査に移行するのではないか」「どの程度の自主返還を求められるのか」という不安の中、矢継ぎ早に医療指導官から質問が投げかけられます。このような緊張状態で、冷静に医療指導官からの質問に答えるというのは、簡単なことではありません。
これまで多数の個別指導対応を行ってきましたが、私が対応した医療機関において、いわゆる「不正請求」を行っている医療機関はありません(弁護士に対応を依頼する医療機関ですから、当然といえば当然かもしれません。)。毎年の個別指導件数件(新規指導を含む)が約4,000件(医科のみ)である一方、不正請求などを理由として保険医療機関や保険医の指定取り消しを受けるケースは年間10件未満(医科のみ)です。取消処分を受けているのは、故意に不正請求を行ったような極めて悪質な事案に限られます。個別指導を過度に恐れる必要はないと考えています。
ただ、それでも厚生局との見解の相違から診療報酬の自主返還を求められるケースは少なくありません。実際、個別指導による返還額は毎年30億円を超えています。
「医療指導官も現場の医師なのだから、わかってくれるはず」「後ろ指をさされるような診療はしていない」と特に準備をせずに個別指導当日を迎えたところ、指摘事項が多数あり、多額の返還金を求められることになったというケースも散見されます(個人的には、医学部のカリキュラムに保険診療に関する項目がほとんどないにもかかわらず、現場に入ったとたんに個別指導という事実上の罰則がある批判にさらされるのは、制度設計上の瑕疵だと思っています。)。
高点数を理由とする個別指導ではなく、保険者からの通報等を端緒とする個別指導の場合は、特に注意が必要でしょう(なお、保険者からの通報と言っても、決して不正請求を意味するものではありません。)。この場合、厚生局は網羅的に指摘事項を探すのではなく、特定の指摘事項の有無を確認していることが多いです。
いずれにしても、指摘をうける可能性があるか否か、指摘を受ける可能性があるとして、どのような主張が可能かということについてまで、事前に準備しておく必要があるでしょう。帯同だけでなく、事前の準備・検討が極めて重要です(ご要望によっては帯同を行わず、事前の準備・検討のみをサポートさせていただくケースもあるほど、事前の準備・検討が重要だと考えています。)。
また、個別指導を受けたことをプラスの機会にするということも、クリニック経営において重要です。指摘事項があったということは、少なくとも厚生局が問題視する点があったということですから、今後同様の指摘を受けないよう、診療フローやカルテの記載方法を再構築することも必要です。個別指導後の改善結果の報告においては、そういった「実質的な改善」の観点も大事にしています。
私は、厚生局を単に敵視するのではなく、「患者のための診療を行う」という共通の目的を持ったステークホルダーとしてその立場を理解しつつも、診療の現場と乖離した指摘事項については、適切な反論を行うことをポリシーにしています。まずはお気軽にご相談ください。