クリニック開院と顧問弁護士 ~新規個別指導

今回は、クリニックを新規に開院する場合の顧問弁護士の役割について、お話しします。

最近、クリニックの開院直後や事業承継後に「現状、法的トラブルはないが、今後の法的トラブルに備えたいので顧問弁護士をお願いしたい」というケースが増えています。

実は開院の直前期に、法的トラブルが発生する場合も多く、開院前に顧問弁護士が対処することで、スムースな解決が可能な場合もあります。

【賃貸借契約の締結】

まず、典型的なのが開院場所となる物件との賃貸借契約の締結です。

敷金の月数や償却の有無などの確認とともに、契約方式の確認が極めて重要です。

通常の賃貸借契約であれば、賃借人(クリニック側)にとって、解約や契約更新について有利なことが多く、問題は少ないでしょう(借地借家法などの関連法規で借りる側の権利が守られるためです。)。

一方で、定期借家契約の場合は注意が必要です。

更新が認められないため、契約期間満了時に退去しなくてはなりませんし、中途解約ができない(又は違約金等の支払いが必要になる)というケースがほとんどです。

もちろん、ショッピングセンターや医療モールなど、定期借家契約であっても、集患等の観点からクリニック側にとっても十分なメリットがあるという場合であればいいのですが、そうでない場合には、メリットデメリットを十分に分析する必要があるでしょう。

上記のような場合、弁護士に相談し、条項の有利不利を確認して、理論武装した上で物件選定や交渉を行うことが重要です。

引き続き、開院の直前期に生じうる法的問題点についてお話ししたいと思います。

次に「スタッフの雇用」についてです。

【採用】

我が国では、労働者の権利が守られており、解雇できる場合は極めて限られています。

そのため、クリニックにマッチした人材かどうかを慎重に検討して採用する必要があります(採用するかしないかの自由は、当然保証されています。)。

「試用期間内であれば本採用拒否はすぐできる」と考えている先生方も多いと思います。

しかし、裁判上は、試用期間内であっても、普通の解雇と同じく、本採用拒否は極めて難しいのが現実です。

ミスマッチがあっても、クリニックは企業とは違い、配置転換等の方法をとることもほぼ不可能といってよいでしょう。

履歴書や面接の中から、クリニック開院にあたって最適な人材を採用することが極めて重要、ということがお分かりいただけると思います。

履歴書の記載を見る上での留意点や、場合によっては面接の同席、評価指標についての検討についても、顧問弁護士に相談していただきたいと思います。

新規個別指導(新規指導)

開院後に必ず行われる「新規個別指導(新規指導)」についてお話ししたいと思います。

開院後、半年から1年程度で、クリニックを所管する地方厚生局(関東であれば「関東信越厚生局」)から、保険診療の内容について、「新規個別指導(新規指導)」を受けることになります。

厚生局側から10名分のカルテが指定され、持参するよう指示されます。

指導医療官から、レセプトとカルテの内容の整合性等について指導され、不適切な点があれば、診療報酬の自主返還を求められます(新規指導の場合、対象レセプトに関する返還を求められます。)。

指導後の評価としては「概ね妥当」「経過観察」「再指導」「要監査」に分けられ、「再指導」となってしまうと、一定期間後に再度個別指導がなされることが確定してしまいます(「要監査」は監査によって、厳格な処分等がなされることになりますが、事例としては少ないです。)。

そのため、新規指導では「再指導」とならないよう、開院の段階からカルテの記載については十分に注意しておく必要があります(再度の個別指導で自主返還を求められた場合、【指導前1年分のすべての患者の返還】を求められるなど、不利益が極めて大きいです。)。

新規個別指導は平成30年度、2,355件(医科のみ)実施されており、個別指導を含め、32億7869万円もの診療報酬の返還がなされています(平成30年度)。クリニック経営上のリスクになりかねません。

クリニックを適正かつ安定的に運営するためには、レセプト請求とカルテの記載についても十分な知識を習得しておくことが必要です。

指導されやすい部分に関して、十分なカルテ記載を行うといった【事前の予防策】、新規指導・個別指導が実施された際の【弁護士の帯同】、指導後の【改善策】といった点でも、医療機関の顧問弁護士が役立つと考えています。

以上

文責:弁護士 川﨑翔